大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和50年(う)1155号 判決

本籍

大阪府東大阪市大蓮東二丁目一四六四番地

住居

大阪府八尾市東久宝寺三丁目六番七号

鉄工業経営

西田悦子

昭和一一年二月一五日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五〇年八月二九日大阪地方裁判所が言渡した判決に対し、原審弁護人丸尾芳郎から控訴の申立があったので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 生駒啓 出席

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人丸尾芳郎作成の控訴趣意書に記載のとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意第一点について

論旨は原判決の事実誤認を主張し、被告人は簿外経費として、一、昭和四三年及び同四四年に少なくとも各五〇〇万円づつを得意先会社の担当者に運動費及び接待費として支出し、二、昭和四四年に沖縄旅行をした際、三六三万円を得意先関係者に贈与する宝石等の土産代として支出したのに、これを認容しなかった原判決の所得金額の認定は誤りであるというので、検討するに、

所論の点については、原判決が「弁護人の主張に対する判断」において説示しているところであり、所論にかんがみ本件記録及び証拠を調査検討した結果、当裁判所も右原審の説示するところを正当としてこれを是認すべきものと考える。要するに本件においては所論を裏付け得る領収書、帳簿ないしメモ等の客観的資料が全くなく、右の一の運動費、接待費についてはその支出先を具体的に明らかにせず、その支出の必要性相当性の判断資料もないところであり、また財産増減法の面からする間接的事実としての昭和四一年一〇月頃の田村殖に対する一、五〇〇万円の貸付についても、その貸付及び返済等に関する証憑書類は全く存しないのであって、諸般の状況に照らし、原審証人田村殖の供述や被告人の供述のみから、これを認めることはできない。結局原判決が所論の一、二の簿外経費を認めず、原判示第一、第二の所得金額を認定したことは正当であり、事実誤認の点はない。論旨は理由がない。

控訴趣意第二点について

論旨は原判決の量刑不当を主張し、とくに罰金額が不当に重いというので、記録を精査して検討するに、本件は、第一、昭和四三年分の所得金額が一〇二、八〇七、〇四二円で、これに対する所得税額が六七、六二二、三〇〇円であるのに、不正の行為により右所得金額中九六、一七五、五九四円を秘匿し、所得税六五、三六〇、〇〇〇円を免れ、第二、昭和四四年分の所得金額が一三〇、七〇一、四八八円で、これに対する所得税額が八八、二二七、〇〇〇円であるのに、不正の行為により右所得金額中一二四、八一四、〇六〇円を秘匿し、所得税八六、三八八、二〇〇円を免れたという事実であって、本件犯行の動機、態様、ほ脱税額(合計一五一、七四八、二〇〇円)に徴すると、その犯情は軽くなく、本件所得税ほ脱についてほとんど大部分を認め、国税局の調査に協力的であったこと、本件犯行後、ほ脱所得税を分割納税してきていることその他所論の諸点を十分考慮しても、原判決が被告人を懲役一年及び罰金三、五〇〇万円に処し、二年間右懲役刑の執行を猶予した量刑、ことに所論の罰金額が不当に重すぎるとは考えられない。論旨は理由がない。

よって刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤原啓一郎 裁判官 野間禮二 裁判官 加藤光康)

〇控訴趣意書

被告人 西田悦子

右の者に対する所得税法違反被告事件の控訴趣旨は次のとおりである。

昭和五〇年一一月一〇日

弁護人 丸尾芳郎

大阪高等裁判所第一刑事部 御中

第一点 原判決は明らかに判決に影響を及ぼす事実の誤認がある

一、簿外経費(沖縄旅行の土産物代を除く)主張について

1 原審弁護人は、被告人は昭和四三年、同四四年に少くとも各五〇〇万円を得意先会社の担当者に運動費及び接待費として支出しているとの主張に対し、原審判決では、

被告人は右主張に沿う供述をしているが、他にこれらの支出のあった事を裏付けるに足る証拠はなく、右供述もにわかに措信し難いとし、仮りに被告人の供述するとおり支出があったとしても、被告人は将来の取引に支障を生ずるという事を理由として、支払先を具体的に明らかにする事を拒否している為、被告人の述べる支出が経費として相当な範囲のものか否かを判断する事ができない

として、右弁護人の主張を斥げておられる。

原審裁判所の右判断は理路整然としており、一応は深く敬意を表する所であります。

然しながら、右弁護人は第一審当初より、被告人においてその支払先を具体的に明らかにする事が出来ない事を大前提として、各立証(反証)を試みた次第であります。

被告人の将来の取引上の危険を犯して迄、本件立証をすべきでないと考えたからです。

被告人がその支出先を明らかにしなければその数額において、その趣旨において、確認出来ないとの御判断は一般的に見れば当然の事と思われます。

然らば、そのような立場にある被告人としては如何にしても事の真相を訴える事は出来ない事になるのであろうか。これが最も悩みの種でありました。

形式的に物事を処する行政府である国税局では取上げられなくとも、真相を探究する裁判所なら何とか開ける道はあるのではないか。との考えが、被告人及び弁護人に根ざしておりました。

ところで本件の如き、所得税法違反事件の査察調査及捜査は、財産増減法(B/S)及損益計算法(P/L)の両面からなされ、その立証も本来B/S立証、P/L立証の両面からされるべきであります。

弁護人はこの点に着目し、経費の主張はP/L面であり、この主張に沿う立証は充分出来なくともB/S面における立証は可能であるとして、第一審の当初より、その立証を試みた次第である。

然るに悲しいかな検察官はP/L立証をしておられ、B/S立証を促したが、これには応じられないので、止むなくわずかに御手持の修正貸借対照表の御提出を願った次第であります。

かかる脱税事件においてはP/L立証、B/S立証の何れか一方のみで事足りると云うのであれば、又その反証も何れか一方で事足りるものとも思われます。

然しながら、本件にかゝる全資料を検察側で御手持の為、弁護人側でB/S立証を完全にする事は不可能です。

従って検察側で正当計算としておられる修正貸借対照表を根拠として反証を試みている次第です。

若し、B/S立証を併行しておられるならば、第一審で主張している如く、昭和四三年度、同四四年度において貸付金は各五〇〇万円減となるので、総所得においてその金額は減となるから、別に経費の主張をする迄もなく、公訴事実より、同金額が減額される事になる訳ですから、被告人もその目的を達した事になる訳です。

この立場であれば、原審で認定困難と判断された経費性の趣旨、数額を明らかにする必要はない事になります。

然るに本件は検査官の話合でP/L立証のみである為、止むなくこれに沿う立証として経費の主張を為し、 その裏付証拠としてのみ利用している為、寸足らずの立証に終っている憾みなしとしませんが、以上の諸事情を御資察載き度いと思科します。

2 そこで財産増減法の面からの立証として、被告人は昭和四一年一〇月頃田村殖に一、五〇〇万円を貸付け、昭和四二年五月頃、昭和四三年九月頃及び昭和四四年六月頃、それぞれ五〇〇万円の返済を受けた旨主張し、被告人、証人田村殖は共に右主張に沿う証言をしているが、原審判決で証人田村殖の証言につき、不明確、不審な点ありとし、数点を挙げ、その証言はにわかに採用し難いとして排斥されている。然し乍ら、証人田村殖が原審公廷において、第一回目に証言したのは昭和四八年一二月であり、八年乃至四年前の出来事を証言するのであるから、不明確な点があるのは止むを得ない処であろうが、その大筋において、又特に被告人と証人との出合い、金を借りるに至った事情等、具体的に生き生きと証言している。

原審判決によると「一、五〇〇万円もの高額の金が当時さほど親密な間柄でもなかったと思われる被告人と田村との間で、借用証すら取り交わさず、貸借されたとする点」を不審な第一点として挙げておられる。成る程、被告人と田村とはさほど親密な間柄ではなかったが、取引の場所は、田村方の牧場の事務所であるから、その牧場が相当価格のものである事も判れば、又馬を買う場合、特に競争馬を買う場合、将来その馬が順調に養って優秀な馬となる事を期待しているのであるから、先方に対する信頼度は極めて、高くなければならない。

このような信頼感のある上、これらの取引は事業上のそれではなく単なる趣味の上での取引であって、一方被告人らは当時相当、好景気によって儲けていた裏金であるので、借用証の存在は税務上差し障りとなる事、又博労仲間(馬売買人)ではその売買等につき、契約書等のとり交しをしないのが慣習である事(中国人間で金の貸借の証文を作らない事は公知の事実である)等の事情があって、借用証を作らなかったのであるから、この点をとり上げて不審な点とするのは当らない。

却って検察方御指適のあった昭和四五年度の一、五〇〇万円の貸借について(これは被告人の手帳によるメモ等で国税局は把握している。)もその事実があったに拘らず、借用証は作成されていない。

この事は、国税局における広範、・精密に渡る家宅捜査によって発見されてない事実によって明らかであろうと思われる。

又証人田村はその借入金の必要性、使用方法、使用先についても詳しく証言をしている。

即ち、

「競争馬の話が出た際、自分の方は子分けの馬はあるが、純粋の自分の持馬の子供はない」との話から、被告人の御主人より「自分の馬を持ったらよいではないか」と云われたが、「金がないから、自分の馬は持てない」と云ったら、馬好きの被告人の御主人より値をきかれ、一、五〇〇万か二〇〇万は必要であると答えた所より、その金を被告人より融通しようと云う事となったとの経緯(第八回公判調書)又その金の現実の受け渡し状況の特殊性

又その金の使途については、

「英国とアイルランドに行き、二頭買いました。一頭は三五〇万、一頭は二五〇万でした。」

「ジェット機で行きますから、運搬料が高い」

「全部で一、二〇〇万円ぐらいエバユニオン株式会社に支払いました」等々(第八回公判調書)

に具体的に詳細に証言されている。

又公訴事実に該当する昭和四三年、昭和四四年度の五〇〇万円の返済についても、その資金源を明らかにして、その資料を原裁判所に提出している。

唯、対象年度外であった昭和四二年度の五〇〇万円の返済については、その一部をどこかの金融機関で借りたとの事のみ記憶があって、その詳細を想い出さないまゝ、被告人側よりその資料提出方を急がれたので、安易に農協よりの貸出し証明書を提出したが、検察官の反面捜査により、その一部虚偽性が発見され、偽証だとして、厳しく御取調べを受けるに至り、証人田村は一層発憤して調査を遂した結果、その資金が、日高信用金庫の預金口座である事を発見し、その旨再証言し、その資料を提出するに至った次第である。(第一六回公判調書)

捜査の嘱託を受けた札幌地方検察庁の検事より、証人田村は偽証罪と云われ、厳しく御取調べを受け、成る程、農協よりの借入金の一部は間違いはあったが、その他の点、大筋において間違いはない事により、再び北海道よりわざわざ証人として出廷して正しい証言をしているのであって、自分が全般として嘘の事実をでっち上げているのであれば、その一部において、顕著な虚偽が発見された以上、全般にわたり、その虚偽が暴露する事を慮れるのが通常であろうから、敢てわざわざ北海道より被告人の為、在廷証人として、偽証罪迄覚悟して出廷するのであろうか。火中に栗を拾う必要はないからである。

これらの点について、原審の弁護人弁論要旨で詳しく論じているので御参照願い度いと思いまず。

3 以上のように、証人田村の証言につき、多少の難点があった事は争えませんが、全般的には、その証言は充分信用されうるものと確信する次第であります。

前述しましたようにB/S立証であれば、これでも事足りる訳でありますが、本件はP/L立証ですから、右事実はP/L面の経費の支払いの裏付としての立証となりました。

従って被告人らは、右返済金そのものではなくとも、同額の金員を資金源(裏金)として諸経費に充当した事になる訳ですが原審判決では「仮に被告人にその支出があったとしても、経費として認容しうるのは支払先が明らかであって、事実取引との関連が具体的に背認される場合であり、かつ取引高等に照らして、社会通念上、相当と認められる金額の範囲内に限ると解すべきである。」とされている。

支払先は、大阪機工株式会社、大阪電気株式会社、石川製作所島津製作所等で明らかであるが、その受領者を明らかにしないだけである。

従って、これら取引先の人に金員が渡っているとすれば、特別な例外(個人的受渡)を除けば原則として、運動費又は接待交際費と見るべきではないであろうか。

例外的な個人的でないとの理由は、国税当局において、個人的支出として調査認定している金額昭和四三年度店主貸一九、三〇八、三五二円、昭和四四年度二四、三一五、三一九円(検察官提出にかゝる修正貸借対照表参照)があるので、右被告人の主張の運動接待費は個人的なものであり得ないことになろう。又「取引高に照らした範囲内に限ると解すべき事」と判示されるが、日本経済の成長期において、社用族と称して会社の金が経費として湯水の如く使用された事は公知の事実であり、法人税に一定の枠があるのはその経費を制限したものではなく、徴税の都合上、一定の限度を超えたものにその超過分を課税されるに過ぎないものである。

被告人は本件当時、個人営業であるから、その制限もなければ丁度日本経済の成長期にあったので、好景気の最中である上、被告人の企業は小規模で景気変動の波にいつ、くつがえされるか判らないので、他業者にまねの出来ない製品を作る為、その得意先よりの特別の指導を受ける事、これに対する指導料、又継続して受注される得意先の固定化が必要であった。

被告人は女性の身であり、これらの得意先を固定化し、他の同業者と対等に又はそれに打勝つ為、多大の運動費、接待交際費を費した訳であるから、原審裁判所が判断されるように画一的一率的なものでない点について、当審におかれまして、よく御勘案願い度い処であります。

又、原審判決によれば、「被告人は国税局査察の段階から、大阪機工その他の得意先担当者に対し、簿外の運動費を支出している旨申立て、国税局においてその旨申立にかゝる金額をそのまゝ認め」とありますが、これはそうではありません。

被告人も原審公廷で詳しく述べているとおり、それには異議があったが、むしろ同席した夫になだめられ、渋々認めたものであり、(第九回公判調書)従って、査察調査に引続いて検察官の取調べに当って、国税局の調査を承服していたものでない事は明らかにしております(被告人に対する検察官調書)。

又原判決では、「得意先の上層部でない一担当者個人に対し」と認定しているが、これは多少立証上の不備があるかも知れませんが、何れも担当部、担当課の責任者連中であります。(控訴審で立証)

二、沖縄土産について

この主張については、特に裏付証拠はありませんが、その主張している所は、被告人の供述の信憑性であり、その点については、前簿外経費についての主張と同様であります。

此の点について原審弁論要旨を御参照載き度いと思います。

第二点 原審の量刑は過重であって不当である。

一、簿外経費の主張(沖縄土産の分を除く)について

右主張につき、経費の趣旨、数額の点につき、難点あるとして御採用困難であるとしても、前述のとおりB/S立証なら、その可能性もあると思料されますので、その点、情状について御斟酌願い度いと思います。

二、沖縄土産について

この主張について、右同様、御採用が困難であるとしても、原審において弁護人より、弁論要旨で申しておりますとおり、被告人に対する店主貸勘定の金額が、昭和四二年度において、七、二四〇、一二三円が昭和四三年度において一六、四九二、三九七円と二倍以上にはねあがり、昭和四四年度において二〇、一四四、三五四円と暫増している。(査察官作成の記二一総勘定元帳参照)

本件対象年度である昭和四三年と同四四年の金額が、その前年度の昭和四二年度と比較して、かくも飛躍的に増加するのは、一般的に見て不自然であり、これもこれら経費を主張するにつき、支払先を明かせない為の皺寄によるものと思料されますので、此の点についても、よろしく御勘案願い度い。

三、納税情況

被告人は資金難の為、ほ脱所得税も分割納税しているが、原審時より、本年一一月末現在において金六、二五六、七二〇円を納税した事になり、その後、毎月約一〇〇万円づつ納税を続ける予定であります。

四、被告人は、昭和三七年四月、父が死亡した後、女ながら、その家業を引き続き、今日に至ったものであります。

此回の事件につきましては、その大部分(昭和四三年度は九五%昭和四四年度は九三%)を卒直に認め、国税局の調査にも進んで資料を提供し、その調査に協力しております。(被告人の検察官に対する供述調書)被告人としましては、かゝる事件を犯した事につき、心から深く反省している所でありますが、国税の調査が終り、ほ脱所得税額を認定された結果、意外に多額で、それに見合う資金的余裕がない為、前記のとおり、分割納税している処であります。

後の未納分についても、前記のとおり、確実に毎月納めており、又将来も確実に納税いたしますが、現今の不況にあおられ、被告人会社(被告人の事業を引継ぎ、昭和四六年法人となる)においても、営業収入が極めて不振で、本年度は赤字決算必至であります。

これらの事情を御汲みとり下さって、特に罰金制につき、御減刑載き度く御願いする次第であります。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例